メキシコ北西部シナロア州。同地域は、現代メキシコ音楽(リージョナル・メキシカン・ミュージック)における最重要バックボーンのひとつ、〈バンダ〉の発祥地として知られます。今回ご紹介する作品は、現代バンダ音楽のルーツである、シナロア州発祥の伝統ブラスバンド音楽〈バンダ・シナロエンセ(Banda Sinaloense)〉の音源集(1950〜60年代にかけて現地で録音)。電気楽器や電子音を一切排除した、生身の人間が叩き出す強烈なメキシカン・アクースティック・グルーヴの原点がここにあります。 バンダ・シナロエンセは、19世紀半ば、ヨーロッパからの移民によってもたらされた軍楽隊音楽と、メキシコの土着音楽が融合して誕生しました。基本的な楽器編成は、スーザフォン、トランペット、クラリネット、トロンボーンなどの木管・金管楽器と、タンボーラ(バスドラムの一種)。15〜20人で構成された楽団員による圧倒的な音圧のブラスバンド・サウンドに、まずは度肝を抜かれますが、兎にも角にも同音楽の核となるのが、アルバム・タイトルの由来でもある伝統打楽器〈タンボーラ〉です。シンバルを上部に配したこの両面バスドラム〈タンボーラ〉が、全編にわたり強烈なダウンビートと装飾的なシンコペーションを供給。このサウンドが、他のブラスバンドとは一線を画す強烈な個性となります。この超重低音の波の上に、クラリネット、トランペット、トロンボーン、スーザフォン(チューバ)による爆音のホーン・セクションが重なり、華やかかつ強靭なグルーヴ感を生み出します。バンダ・シナロエンセによって確立されたこの〈ムシカ・タンボーラ(タンボーラ音楽)〉は、現代におけるバンダ音楽の基準になりました。 同音楽は当初、シナロア州のご当地音楽として認識されていましたが、第二次世界大戦後にはメキシコ全土で商用レコードの流通が開始。〈バンダ・エル・レコド(Banda El Recodo)〉をはじめとする伝説的バンドの登場によって、メキシコ全土、そしてアメリカのヒスパニック社会へと人気が拡大していきました。本作の録音時期にあたる1950年代から60年代には、米国への本格的な進出も果たしています。 楽曲面・アレンジ面における最大の特徴は、19世紀にヨーロッパから流入したポルカやワルツが持つ優美な洗練性と、メキシコ北西部の過酷な開拓地文化が生み出した爆発的なエネルギーが同居する、独特なハイブリッド・サウンド。伝統的なソンの名曲「El Sinaloense」や「Juan Colorado」で発揮されるハイエナジーなブラス・サウンド、3拍子のワルツ「Viva Mi Desgracia」における哀愁を帯びた美しさ、日本でも馴染み深いクラシックの名曲「Sobre Las Olas(波濤を越えて)」のバンダ流アレンジなど、本作には彼らの高い演奏技術と音楽的柔軟性を証明する多彩な楽曲が網羅されています。また、現在もラテン音楽界の頂点に君臨し、スタジアム級のツアーを行うBanda El RecodoやBanda El Limnといったレジェンドたちによる、最初期の瑞々しい演奏も収録。音楽史資料としても破格の価値を持つ一枚です。是非ご期待ください。