17世紀頃、西アフリカの黒人奴隷たちによってアメリカ大陸にもたらされ、同地で発展した楽器〈バンジョウ〉。本作『バンジョウの巨匠たち(オリジナル・タイトル:Masters of the Banjo)』は、アメリカ全国伝統芸術委員会(NCTA)主催による同名の全米ツアーの模様を収録した、1993年録音のライヴ・コンピレーション・アルバムです。ここでは、アフリカにルーツを持つバンジョウのグローバルな歴史、多様な系譜、そしてヴァラエティ豊かな演奏スタイルが、ブルーグラス界のレジェンド:ラルフ・スタンレーなどをはじめとする7人の名手たちの演奏によって紐解かれていきます。 アルバム冒頭を飾るのは、エチオピアの音楽家:セレシェ・デメセによる6弦楽器〈クラール〉の演奏。バンジョウの祖先は、かつて西アフリカから奴隷貿易を通じてアメリカに持ち込まれた〈バンザ〉や〈エコンティン〉などの楽器とされていますが、古代ナイル文明にまで遡るクラールの響きを導入に置くことで、バンジョウが持つ深遠な歴史への理解を促します。 続いて登場するのが、ノースカロライナ州出身のオールドタイム・ミュージシャン:カーク・サトフィンによる〈クローハンマー・スタイル(爪で弦を叩きつけるように弾く奏法)〉。マウンテン・ミュージックやオールドタイムと呼ばれる、ブルーグラス以前のアパラチア伝統音楽が瑞々しく再現されます。このほかにも、テネシー州出身のウィル・キーズ考案による2本指を使用したメロディックなアップ・ピッキングや、トニー・エリスによるテクニカルなスクラッグス・スタイルなどを紹介し、バンジョウの奏法や演奏技術が、北米の地において多様な進化を遂げてきたということを証明していきます。 そして作品中盤に登場するのが、本作の聴きどころの一つでもある〈アイリッシュ・テナー・バンジョウ〉の紹介。アイルランドの伝統的なバグパイプ(イリアン・パイプス)の装飾音やスピード感を4弦のテナー・バンジョウに落とし込んだ、シーマス・イーガンによる疾走感あふれるプレイは、北米のバンジョウとは異なる魅力を放ちます。 そしてアルバム最後には、ブルーグラスの巨匠:ラルフ・スタンレーが登場。彼を象徴する力強い歌声とクローハンマー(爪の背面や側面を使って弦を叩くように弾く独特の奏法)によるメドレーは、本ツアーおよび本作最大のハイライトであり、アメリカ伝統音楽の神髄が見事に表現されます。 名人たちの素晴らしい演奏と共に、バンジョウの奥深い発展の歴史を振り返る本作。一見バラバラにみえるアフリカ、アイルランド、そしてアパラチアの音楽が、〈バンジョウ〉という一本の糸で結ばれていることを証明する、音楽人類学的にも極めて価値の高い一枚です。是非お楽しみに。