〈アラベスクの帝王〉として国民的な人気を誇るトルコの名歌手、イブラヒム・タトルセス(Ibrahim Tatlses)。そのキャリアを代表する名曲を収めた1995年のアルバム『クラシックス〜名曲集(Klasikleri)』が、CDで登場します。先にご紹介したLP版(サンビーニャ・インポート AYSI-70004)と内容は同じ。力強さと哀愁を兼ね備えた歌声を通して、トルコの大衆音楽が持つ豊かな魅力を堪能できる一枚です。 タトルセスは1952年、トルコ南東部のサンルウルファに生まれました。クルド系の家庭に育ち、歌手として成功する前は鉄工所や建設現場で働いていたといいます。貧しい労働者階級の出自を持ちながら、その類い稀な歌唱力によって広く知られる存在となった彼は、まさにトルコの〈ワーキング・クラス・ヒーロー〉。庶民的な生い立ちと華やかな成功を併せ持つ姿は、多くの人々にとって憧れの象徴となりました。 1970年代半ばにレコード・デビューを果たすと、トルコ独自の大衆音楽〈アラベスク〉の旗手として人気を獲得。1980年代には「Ayaginda Kundura」「Dom Dom Kursunu」「Mutlu Ol Yeter」などのヒット曲によって、トルコ歌謡界を代表する歌手の地位を確立しました。アラベスクとは、本来「アラブ風」を意味する言葉。タトルセスの音楽は、アラブ的な旋律や打楽器の響きに加え、トルコ古典声楽や西洋ポップスの要素も取り込んだもので、地方出身者を中心に幅広い共感を呼びました。 その歌声が伝える郷愁や人生の悲喜は、トルコ国内にとどまらず、中東の聴衆にも届きました。また、歌手活動と並行して数々の映画に出演し、テレビ番組の司会者としても人気を博します。さらに多岐にわたる事業を手掛ける実業家としても成功し、音楽の枠を越えた国民的スターとなりました。しかし2011年3月、イスタンブルでテレビ番組の収録を終えた直後に銃撃を受け、頭部に重傷を負う事件が発生。歌手活動の休止を余儀なくされました。それまで長年にわたって第一線で活躍し、人々から〈帝王(Imparator)〉と呼ばれてきた彼の名唱は、今も多くのファンに愛されています。 本作『クラシックス〜名曲集』には、そんなタトルセスの代表曲が並びます。冒頭を飾る「Mutlu Ol Yeter」に続き、「Yalnizim」「Felek」「Aysem」の3曲をつなぐメドレー、そして「Dom Dom Kursunu」「Ayaginda Kundura」を収録。さらに「Yalan」「Yorgun」を経て、「Bir Kulunu Cok Sevdim」「Yikilmisim Ben」「Aci Gercekler」のメドレーへと進み、最後は「Bir Mumdur」で締めくくります。全8トラックで、2つのメドレーを含め、計12曲を楽しめる構成です。 ヒット曲を通して親しまれてきた歌声を、ひとつのアルバムで味わえるのが本作の魅力。力強く響く声と哀愁に満ちた表現には、華やかなスターでありながら庶民の心をつかみ続けた彼の持ち味が凝縮されています。アラベスク歌謡の歴史に触れるうえでも格好の作品であり、往年のファンはもちろん、初めてトルコ歌謡を聴く方にもお薦めしたい名曲集です。
トラックリスト 1. Mutlu Ol Yeter 2. Yalnizim / Felek / Aysem 3. Dom Dom Kursunu 4. Ayaginda Kundura 5. Yalan 6. Yorgun 7. Bir Kulunu Cok Sevdim / Yikilmisim Ben / Aci Gercekler 8. Bir Mumdur