ワールド・ミュージック・ファンにはお馴染み、フランスBUDA MUSIQUEを代表する編集盤シリーズのひとつがエチオピーク(thiopiques)。日本では一部タイトルを除いてオルターポップが配給を担当していましたが、中には流通が滞ってしまったタイトルや、日本未発売のものもございました。そんな中、シリーズの重要性、延いてはエチオピア音楽の魅力を再認識するため、現在国内市場で入手が難しくなった同シリーズの作品を順次ライス・レコードで再発してきました。そしてよりマニアックな内容のタイトルについては、フレキシブルにリリースが可能なサンビーニャ・インポートとして発売してゆく方針といたしました。その第4弾が本作『エチオピーク16 ~ ザ・レイディ・ウィズ・ザ・クラール』です。 本作の主人公は女優としても活躍をみせたアスナケッチ・ウェルク(1935-2011)。タイトル“the lady with the Krar”が示すように、主にアズマリ(吟遊詩人)の音楽で登場する伝統弦楽器クラールを弾き語りで聴かせるアーティストでした。クラールはいわゆる竪琴の一種で、同国にはベゲナと呼ばれる別の竪琴もありますが、通常10弦のベゲナに対し、クラールは5~6弦と数が少なく、またベゲナよりもはるかに小型で、左脇で抱えるようにして使用されることもあり、エチオピアでは比較的メジャーな楽器として知られています。またピックアップを付けてエレクトリック化したクラールも、アズマリの音楽に限らずエチオピア音楽にはよく登場します。 アスナケッチ・ウェルクは、当初ハイレ・セラシエ1世劇団で女優兼ダンサー(なんとこの劇団に所属した最初の女性団員でもありました)として活動していました。その後ウェルクはプライベートなパーティーで歌やクラールの演奏を披露するようになり音楽のキャリアをスタート。友人を称えたり、即興の歌を歌ったりして伝統的なアズマリの音楽の魅力を継承していった彼女は最終的には女優を引退し、専門の歌手/クラール奏者として活動するようになりましたが、2011年9月、長い闘病の末に亡くなってしまいました。 本作はそんな彼女が1974年に残したファースト・アルバムからの録音(①~⑫)と1976年に残した録音(⑬~)をコンパイルした編集盤。ここでウェルクは他のアズマリ音楽家たちが残してきたような壮大な語り物や、失われた愛の悲痛なバラードを織り交ぜて聴かせます。もちろん全てのトラックはクラールとヴォーカルだけのシンプルなサウンドだけに、その生々しさがダイレクトに伝わってくる内容となっています。また他のエチオピーク・シリーズと同様に32ページに渡る豪華なブックレット付き。中にはハイレ・セラシエ1世劇団で踊る若い時分から晩年までの貴重な写真も収録されています。