スミソニアン・フォークウェイズが保有する膨大なカタログ音源を、ブルース、カントリー、ゴスペル、プロテスト・ソング、カナディアン・ソングなど、毎回1つのテーマに沿ってコンパイルした〈クラシック〉シリーズ。北米のルーツ・ミュージックの歴史を紐解くのに最適な同シリーズより、今回は北米山岳地帯を代表する音楽家や同地方の伝承歌を紹介した一枚『クラシック・マウンテン・ソングズ From スミソニアン・フォークウェイズ』をご紹介いたします。 〈伝統民謡の宝庫〉として知られる、アメリカ合衆国東部のアパラチア山脈周辺地域。俗世より隔絶された険しい辺境地において育まれ、世代を超えてひっそりと継承されてきたバラッドや民謡には、現代のポピュラー・ミュージックとは一線を画す、唯一無二の魅力と強烈な魔力が宿されています。伝説の収集家:ハリー・スミス(1923-1991)編集によるアメリカン・ルーツ・ミュージックのバイブル的作品『アンソロジー・オヴ・アメリカン・フォーク・ミュージック』(1952年オリジナル・リリース)では、歴史の中で忘れ去られていた、まさに〈アメリカン・ゴシックの世界〉ともいうべき同地方の謎めいたバラッド、耳慣れない響きに満ちたソーシャル・ミュージックなどが大々的に紹介され、ボブ・ディラン、ジェリー・ガルシアをはじめとした多くの音楽愛好家たちを魅了。その後1950年代後半から60年台前半にかけて興隆したフォーク・リヴァイヴァル・ブームの渦中では、アラン・ローマックス、ジョン・コーエン、マイク・シーガーなどといった民俗音楽研究家たちが、同地に暮らす異才の音楽家や知られざる伝承歌を見つけ出すために自ら足を使って徹底調査し、そこで出会った逸材たちの歌声や演奏を、スミソニアン・フォークウェイズの前身:フォークウェイズ・レコードを介して紹介していくこととなりました。 本作では、そんなフォークウェイズに残された米国山岳地帯の民謡〈マウンテン・ソング〉の名演名唱をコンパイル。主な収録アーティストは、盲目の天才ギタリスト:ドック・ワトソン(1923-2012)、人々の琴線に触れる鮮烈な歌声の持ち主〈元祖ハイ・ロンサム〉ことロスコー・ホルコム(1912-1981)、透き通るような美しい歌声が魅力の女性歌手/ダルシマー奏者:ジーン・リッチー(1922-2015)、ブルーグラスにおける女性アーティストの草分け:オラ・ベル・リード(1916-2002)など、いずれも北米ルーツ・ミュージック史に残る伝説の音楽家ばかりです。収録は、ケンタッキー民謡「Moonshiner」、英国由来のバラッド「Barbry Ellen」、ゴスペル・ソング「Daniel Prayed」、アパラチアン・スタイルのバンジョウ・チューン「Sugar Baby」、華麗なフラット・ピッキング・ギター演奏による「Southbound」、オールド・レギュラー・バプテスト教会の伝統的な賛美歌「I Am a Poor Pilgrim of Sorrow」ほか全24曲。同地域で育まれ継承されてきた多種多様なスタイルの唱法や独特な器楽演奏スタイル、ブルーグラスの原型となる音楽や黒人音楽との融合によって誕生したアパラチア風ブルースなど、同地ならではの豊潤な音楽遺産の世界を心ゆくまで楽しむことができる内容となっています。もちろん、いずれの楽曲もスミソニアン・フォークウェイズのカタログから選曲されているため、各曲が収録されたオリジナル・アルバムを探すためのサンプラーとしても大変に有用です。是非お楽しみに。