7月31日(日)

 しばらく休みがなくて、疲れがたまっていたときに、朝まで飲んでしまったものだから、もうタイヘン。本当にボロボロになって帰宅した。その後、昼過ぎまで寝て、少しモノを食べた後、また夕方まで睡眠。その頃になって、やっと調子が戻ってきた。それでも夜にはまた眠たくなるのだから、よほど疲れてがたまっていたのだろう。こんなに寝てばかりの一日なんて、たぶん生まれてはじめて。最近はあまりたくさんお酒を飲まないので、たまに飲むと効きがスゴい。しばらくアルコールなんて、匂いもかぎたくない気分だ。

 

7月30日(土)

 午前中から外出して、池袋の本屋さんで必要な本を少し買った後、渋谷と新宿で営業仕事。ティナリウェンの来日公演のチラシを置いていただいているお店にあいさつ回りをした。そこで気がついたのが、どこのお店もチラシは置いてくださっているのだが、近くにティナリウェンのCDが面出しされていないので、ちょっと浮いてしまっていることだ。もしも来日記念盤があったら、もっと良かったのかもしれない。
 実は、来日が決まったときに、来日記念盤のことは、少し考えた。でも新作はまだまだ先の予定だし、アルバムが2枚しかないのにベスト編集盤なんて出すわけにはゆかない。結局、出せずじまいで終ってしまった。ここはもう一度、昨年話題になった『アマサクル』を営業にかけて、チラシの横に置いてもらうようお願いするしかない。
 ところで、ティナリウェンの来日公演がお客さんが入ったからって、当社が儲かるわけではない。それなのに、どうしてもぼくがこれほど躍起になっているのかと、不思議に思っている人もいるようだ。先日もエル・スールの原田さんから、そのことを聞かれた。ぼくがこの公演だけは意地でも成功させないとと思っているのは、もちろん当社が儲かるからではない。そんなことより、この公演が成功するかどうかは、ティナリウェンのみならず、ワールド全体の問題になってしまうと考えるからだ。誰だって、ティナリウェンの昨年のアルバムが、ワールドの中ではよく売れた一枚であることは良く知っている。だからこそ、もしもそのティナリウェンで日本公演が成功しなかったら、多くのプロモーターさんたちは、ワールドものの招聘をやらなくなってしまう危険性が高い。今回の来日は、とても責任重大なのです。
 いまティナリウェンの来日に対して協力してくれている人は、そんな危機感を理解してくれているのだと思う。本当にありがたいと思うし、だからこそ、ますます成功させなきゃ、とぼくは思う。

 夜はDさんらと飲み会。渋谷の「国境の南」というお店にはじめて行ってみた。店主の波多野さんとは、以前別の場所でお店をやっていたときからの知り合いだが、今回はティナリウェンのチラシを置いていただいているので、そのお礼もかねて、お邪魔することにした。
 しかしDさんは元気。途中でウトウトしながらも、結局、飲み会は始発まで。途中でエル・スールの原田さんも乱入して、スライ&ファミリー・ストーンやP・ファンクをかけながら、にぎやかなダンス・パーティになってしまった。ぼくがこんなに遅くまで飲んだのは、2年ぶりくらいのはず。こんなことをしょっちゅうしているDさんたちには、とてもかないません。

 

7月29日(金)

 毎月、最終営業日は支払いなど経理仕事に追われる。ぼくが一番嫌いな日だ。まあ、支払いが大好きなんて人は世の中にいないだろうから、嫌いなのはぼくだけじゃないはずだが、それでも、せっかく入ってきたお金がその日のうちに全部出て行ってしまうなんて、やっぱり切ないものです。
 そんな送金作業を終えて自宅で残務仕事をしていたら、エジプトの取り引き先から早くも催促のメールが到着した。金曜日に送金すると約束し、その通りに送金したのだが、日本からエジプトまで、その日のうちにお金が届くわけがない。それを知りつつ、それでも催促を忘れないのは、さすがにアラブ人だ。きっと彼の周りには、約束を守らない人がそれほど多いということだろう。イギリスのライスUKのスタッフも、イギリスじゃ請求書を送って、その後に何度も催促しないと、誰も払ってくれないと言っていたが、それに比べたら、誰もが支払いの約束を守る(たまに遅れる人がいるけど)日本は楽なほうなのかもしれない。

 

7月28日(木)

 忙しくて、書き忘れていたことがひとつ。先に、サンバの本のためのインタビューを受けたのに、それから2ヶ月も音沙汰ない、ということをこの欄に書いたが、それからしばらくたって駒形四郎さんからインタビュー起こしの原稿が送られてきた。なんでも、ぼくが突拍子もないサンバに対する考え方を話したせいで、すっかり悩んでしまったらしい。おかげで、本の内容もかなり変わってしまったのだそうだ。ぼくのインタビュー記事は、少し手直しして戻したのだが、そのページのゲラの最終校正日が今日。いちおうもう一度チェックさせていただいて、無事校了となった。本全体がどんな内容になっているかは知らないが、面白い本になっていることを期待したい。

 今日もメインの仕事はティナリウェンの来日公演のプロモーション活動。チラシが出来たそうだなので、それをあちこちに置いてもらえるようお願いしたり、ぼくはいくつかのところに午後から直接出向いてみた。反応は良いのだが、果たして集客に結びつくのかどうか…。経験がないので、さっぱりわからない。
 そして夜は、インドネシアのエガくんのクンダンを引き取りにホテルへ。エガくんが、お金は売れた後だよ、と言ったら、あまりに悲しそうな顔をしたので、仕方ないから前金で渡してしまった。これで誰も買ってくれなかったら、ぼくはとても困ることになるのだが、どうしようもない。ぼくはどうもミュージシャンには弱いみたいだ。結局は自分でクンダンを練習することになるのだろうか。

 

7月27日(水)

 まさに台風一過。すばらしい青天で、照りつける日差しの強さは今年一番だった。でも、暑いけど全然不快じゃない。ぼくはこういう暑さは大好きだ。しかも、そんな今日に限って、珍しく外で打ち合わせが3連発。仕事とはいえ、こういう日に外出できるのはラッキーだ。

 そんな打ち合わせの後、午後遅い時間に川口リリア・ホールにエガくんを訪ねてみた。入り口で看板を見たら、カブミ民族舞踊団とかいう文字。彼はその舞踊団の伴奏音楽家として来日したらしい。この舞踊団が、なんと30人以上の大所帯で、リハーサルを見る限りでは、ほとんど高校生くらいの若い女の子たちが中心のようだ。きっとギャラは安いだろう。それでもスタッフを合わせて40人もの人たちが来日。それでこんな立派な公演をして、採算が取れるなんて、信じられない。きっとどっかからお金が出ているのだろうが、どうしたらそんな予算を引き出せるのだろう。ティナリウェンの来日公演のプロモートをしているせいか、どうしてもそんなことが気になってしまう。

 エガくんのクンダンの件、いまのところ欲しいという人は現われていないが、仕方ないからぼくが一度引き取ることにした。明日の公演が終ったら、取りに行く予定だ。もしも欲しい人がいたら、いつでも声をかけてください。値段は5万円。もちろん税込みです。

 夕方には青山に向かってブルーノートでパウラ・モレレンバウンのマネージメントをしているカルロス・シオーンさんと打ち合わせ。公演前に会場で会ったのだが、水曜日だというのにほとんど満員だったのにはビックリした。もちろんお客さんは、明らかに普段CDを買っているような人たちとは違う。ブラジル音楽うんぬんとは関係なく、おしゃれな場所でおしゃれな音楽を聞きたい人はたくさんいるということだろう。ぼくはどうも落ち着かなくて、打ち合わせが終ったらさっさと帰ってしまったが…。
 シオーンさんとの打ち合わせは、仕事の話が中心。ここでは書けないことがほとんどだが、ひとつだけ、ぼくが作ったサンバのアルバムをフランスなどで出してくれる会社があるという話は嬉しくなった。フランスではずいぶん前にオーヴィディスから編集盤が出たことがあったが、オリジナル・アルバムは出たことがない。もし本当に実現してくれたら、嬉しいところだ。

 結局コンサートは見ないで出てきたのだが、代わりに帰りにエル・スールに寄って、LPを少し買ってきた。今日買ったのは、なんとほとんどがヴォーカルもの。ラテンやブラジルやアフリカなどは、見もしなかった。どうも最近は、無性に歌ものを聞きたくなっているらしく、CDショップに行ってもそんなアルバムばかりを探してしまう。でも、CD時代になって、歌のレヴェルは格段に落ちてしまった。本当に良い歌を聞くなら、レコード時代の音源しかないのかもしれない。

 

7月26日(火)

 つい先日、大きな地震があったと思ったら、今日は台風。最近はいろんなことが起きる。こんなときに日本に滞在している外国の友人たちは、きっとビックリしていることだろう。ブラジルのシオーンさんは、地震はまったくはじめての経験だったそうで、あまりに怖くて、生まれてはじめて本気で神様にお祈りしたのだとか。ひょっとしたら、今日の台風でもまたお祈りしているのかもしれない。まあ、あの地震ほど怖くはないと思うが。

 今日も一日ティナリウェン来日公演のプロモート活動。朝から電話やメールであちこちにお願いのメッセージを送った。月末だから、他にやらないといけない会社仕事は山ほどある。でも、ティナリウェンのほうは、早くやらないと月刊誌の締め切りに間に合わなくなってしまうので、優先せざるをえなかった。おかげで会社の解説原稿は大幅に遅れてしまっている。本当に困ったものだ。

 『ジャイポン・マジック』でクンダンを演奏してくれたエガくんから電話があって、いま公演で使っているクンダン・セットを買ってくれる日本人はいないか、とお願いされてしまった。もちろんプロ仕様の本格的なもので、エガくんの手作りじゃないかと思う。値段は5〜6万円でOKと言っていた。もしも欲しい方がいらっしゃったら、当社に連絡していただけるとありがたい。彼は29日(金)に帰国してしまうので、木曜の朝あたりがタイム・リミットだろう。どなたかご協力いただければ幸いです。

 

7月25日(月)

 ティナリウェンの来日があと1ヶ月ちょっとに迫ってきた。というわけで、今日は朝からずっとプロモーション活動。選挙運動の最後の挨拶じゃないけど、あちこちに電話して、告知などのお願いをした。思えば、当社が力を入れてプロモートしているアーティストなりグループが日本で公演するのは、今回がはじめて。だから、まだまだ勝手がわからないことが多くて、仕事が思ったように進まず、イライラしてしまう。しかも夜には、外国とのやり取りでもちょっと疲れることあって、ますますブルーな気分。これなら朝から晩まで原稿を書いたりレコーディングをしている方が、ずっと楽だ、なんて思ったりもしたが、まあそんな愚痴をこぼす前に、こういう仕事もちゃんと覚えないといけないのだろう。とにかく頑張るしかない。

 そんな一日で、良かった出来事がひとつ。当社で制作/販売している『ジャイポン・マジック』(ライス OSR-207)でクンダンを演奏してくれたエガくんが、日本にやってきていたらしく、いきなり電話をくれたことだ。インドネシア語はしばらく使っていなかったので、最初はシドロモドロだったが、電話でもなんとか話が通じたのだから、まだ忘れていないということだろう(エガ君は、日本語はもちろん、英語もまったくできない)。なんでも水曜日に川口で公演があるそうなので、そのときに会いに行くことにした。再会が楽しみだ。

 

7月24日(日)

 <サマー・セール>は、思った以上にご好評いただいているようで、早くも売り切れ商品が出てきたようだ。今週からブラジルに続いてアフリカ音楽のアルバムも登場する予定だが、こちらも面白いアルバムが数多く出る模様。もしも欲しいものがあったら、なくならないうちに、早めにご注文ください。

 

7月23日(土)

 週末だけど、こういうときしか、自分の仕事に集中することができない。というわけで、今日も休みを返上して、朝からピシンギーニャ。朝から夕方まで音源のチェックに集中して、やっと全部の音源を聞きとおすことができた。先週に続いて、やっぱり<ブラジル音楽の父>は偉大だと、深く実感させられた次第。ついでにディスコグラフィをチェックして、まだ聞いたことがない音源をブラジルに注文。もちろんお金を払ってダビングしてもらうわけだが、こんなに簡単に貴重音源を聞けるのだから、良い時代になったものだ。

 最近は仕事を終えた後、1枚だけLPを聞くことにしている。そんなときに愛聴しているのが、エル・スールで買った『AN EVENING IN BEIRUT』というアルバムだ。50年代録音が中心のようで、当社でもアルバムを出しているファイルーズなど、当時のレバノン音楽のスターたちが勢ぞろいの豪華な内容。エジプト中心だったアラブ歌謡において、レバノンがもうひとつの新しい拠点になった時代の音源なのだろう。音楽はとても華やかで、勢いがあり、しかも艶やかだ。ファイルーズだけでなく、他の歌手たちもみんなすばらしい歌声を楽しませてくれるところが良い。
 こんなアルバムを聞きながら、今日思ったのが、アラブ歌謡の歴史をまとめたアルバムというのも、作ってみてもいいかもしれない、ということ。ぼくはアラブ音楽の専門家ではないから、まだまだ調べないといけないことも多いだろうが、最近はエジプトやレバノンにも知り合いができたし、資料集めをお願いすることもできそうだ。難しいけど、やりがいはある仕事だろう。ピシンギーニャが終ったら、ゆっくり考えてみることにしよう。

 

7月22日(金)

 ブラジルからパウラ・モレレンバウンが来日。来週ブルーノートで公演があるらしい。ジャッキスも一緒にやってきているようだ。残念ながら、パウラさんの音楽にはさほど興味はないぼくだが、一緒にやってきたマネージャーが元ブラジル・ユニヴァーサルでディレクターをやっていたカルロス・シオーンさんで、その彼から電話があり、打ち合わせをしないといけなくなってしまったようだ。ブラジル音楽のディトリビューターとして、ブラジルでも名前を知られるようになったのか、こういう打診は最近多い。良い仕事だったらいいんだけど…。
 ただ、ブルーノートなんかで音楽を聞きたい気分ではないから、昼間に外で会うことになるのだろうが、いったいいつ時間が取れることやら。

 

7月21日(木)

 リスト作成日。ただしぼくは裁判関係の書類を取りに行ったり、ほぼ一日中外出で、まったく原稿を書けなかった。それでも一応まっとうなリストが出来ているのだから、サンビーニャも少しは成長しているということだろう。ぼくがある程度ヒマにならないと、新しい分野の商品の開拓は難しい。そのためにも、リストはできるだけ社員にやってもらうようにしたいと思う。

 この時期になると、ヨーロッパでは夏休みを取る会社が多くなる。そんな夏休みのお知らせをここのところたくさん受け取っているのだが、ほとんどの会社がほぼ1ヶ月休み。まったく羨ましい話だ。ただ困るのは、ちゃんとお知らせをしてくれないで、いきなり休みになってしまう会社があることだ。実はいま、ある会社からの音信が3週間も途絶えてしまい、非常に困ってしまっている。きっと夏休みなのだろう。こんなことをしても仕事になっているのだから、これもまた羨ましい話だ。

 

7月20日(水)

 午後遅い時間にやっと『アントニオ・カルロス・ジョビンの軌跡』の解説を脱稿。なんとか発売日に間に合わせることができた。

 今日は裁判の第2審の判決の日。ぼくが直接関係している裁判ではないものの、ずっと世話してきたこともあって、やっぱり気にかかる。朝からソワソワ。やっと午後はやい時間に弁護士さんから電話があって、勝訴したとのことがわかった。夜は弁護士さんと打ち上げ。第1審に勝ったときほどは盛り上がらなかったが、これでやっと一段落ついた気分だ。さすがに相手ももう控訴することはないだろう。いや、これで終わりにして欲しいと、切に思います。

 

7月19日(火)

 『アントニオ・カルロス・ジョビンの軌跡』の解説原稿を執筆。ただ、午後から打ち合わせが入ってしまって、途中で終ってしまった。ただ、打ち合わせに行く途中の電車の中で、読もうと思っていた本を少し読むことができたのが良かった。残りは明日の朝に頑張ろう。

 

7月18日(月)

 今日も朝からピシンギーニャ。夏らしくなってきたので、ずっと自宅にこもっての作業じゃもったいないと思ったが、仕事だから仕方がない。選曲は完全にはまとまらなかったが、だいたいの道筋がついた。あとは細部を検討すれば終わりだ。この調子だと来週の週末あたりには終るかもしれない。

 ピシンギーニャに集中しすぎて、忘れていたことがひとつ。今週末に発売されるジョビンの作品集『アントニオ・カルロス・ジョビンの軌跡』の解説をまだ書いていなかったことを、夜になって思い出した。ジョビンに関しても、伝記本などを読んでから書こうと思って、本を引っ張り出していたのだが、これじゃゆっくり読んでいる時間はない。明日の朝には書きはじめないと…。

 

7月17日(日)

 今日も一日ピシンギーニャ。朝7時から夕方6時まで、片っ端から音源を聞き、文献を読み漁った。こうして集中して聞くと、これまで忘れていたことをたくさん思い出すし、新しい発見も多い。今日は<ブラジル音楽の父>がますます偉大に思えてきた。

 夜は浅草に繰り出して、古い知り合いと食事+飲み会。何年も会っていない人たちばかりなので、ゆっくり飲みたかったが、夜9時にはもう眠たくなって、早々に帰宅した。こんなに早く眠たくなるなんて、疲れているのかもしれない。

 

7月16日(土)

 予定通り、朝からピシンギーニャの選曲作業。今日はまず、持っているだけの音源と文献を引っ張り出して、片っ端からチェックしてみた。ピシンギーニャに関しては文献が驚くほど多い。これだけあると、ナナメ読みするだけでもタイヘンだ。ただ、立派なディスコグラフィも揃っているので、音源のチェックはしやすい。そちらもかなりの量だが、その分選択の余地があるということで、きっと良い内容になることだろう。

 そんな仕事に疲れた夕方、急に新しいCDを買いたくなって、久しぶりに渋谷のエル・スールを覗いてみた。収穫はいくつかあったが、なんと言ってもビックリしたのが、アラブ音楽の古い時代の歌手たちの映画出演場面を集めたDVDだ。アスマハーンが動いてしまったのだから、驚かざるを得ない。しかも、このDVDがなんと当社の取引先から出ていた商品。それをエル・スールが先に入荷していたのだから、さすがに原田さんだ。近いうちにライスで出すことになると思うので、楽しみにしていてください。

 

7月15日(金)

 そろそろ本格的な夏がやってくる。そこで当社のサイトでも、サマー・セールをやることにした。もちろん当社は、お店に卸させていただいている立場なので、全商品をナン割引なんてことは、できない。ライス盤を安く売るようなこともしません。でも、輸入盤で入ってきた珍しいものは、たくさん出てくるはずだ。しかも、かなり安い値段で提供します。来週から8月いっぱいくらいを予定。毎週、少しずつ新しい商品が登場するというシステムなので、できたら毎週チェックしてみてください。商品によっては、ストックがなくなり次第、売り切れになる。お早目のご注文をお待ちしております。

 

7月14日(木)

 今日はリスト作成日。今週のメインは、ブラジルのトラーマ・レコードの新作『ペルナンブーコ新世代』になった。ちょうどレニーニなどを通じてブラジル北東部の音楽に興味をお持ちの方も多いことを考えると、グッドタイミングのリリースだろう。
 北東部ペルナンブーコ州の州都レシーフェは、北東部音楽で最大の都市。ぼくが訪れたのは25年も前のことだが、まず驚かされたのは、市内に巨大なファヴェーラがあったことだ。ブラジル北東部でファヴェーラがあるところなんて、当時はレシーフェくらい。その大きさにビックリしたことをいまも鮮烈に覚えている。それほどの大都市だから、音楽のほうも多彩だし、中央のポピュラー音楽シーンにも影響を及した音楽家も数多い。カーニヴァル音楽であるフレーヴォやマラカトゥなどの伝統音楽は古くから有名。さらにジョアン・ペルナンブーコ、1920年代のトゥルナ・ジ・マウリセイアとルペルシ・ミランダ、さらにライスでもアルバムを出したルイス・ゴンザーガなど、数多くのポピュラー音楽家たちを輩出してきた。
 そんなペルナンブーコ州の音楽の<いま>を紹介しようというのが、今回のアルバムだ。ちょうど似たような企画のアルバムがビクターから今月末に出るようだが(そちらは久保田麻琴さんの選曲)、ビクター盤がいまのストリートの動きがナマナマしく伝わる、いかにも久保田さんの好きそうな音楽のオンパレードなのに対して、トラーマ盤はもう少し入門者たちを考慮して有名どころも満遍なく紹介した感じ。両方聞けば、いまの北東部音楽の新しい動きの大まかなところはつかめるかもしれない。
 ちなみに、ぼくが行った25年前には、北東部独自のマーケットなんて基本的に存在しなかった。音楽家たちはみんなリオやサンパウロでレコーディングしていたし、サンパウロに住んでいた人も多かった。でも、いま北東部音楽は、実際に北東部で作られている。音楽の質が変わってくるのは当然だ。

 そんな北東部ものも良いけど、ぼくがいま手がけようとしているのは、<ブラジル音楽の父>ピシンギーニャの一代記ものアルバム。とりあえず、今週末には選曲を済ませてしまいたいと思っている。ピシンギーニャのアルバムはベネジート・ラセルダとの共演録音を集めた『ショーロの聖典』をライスから出しているが、実は黄金期のオーケストラによる録音など、重要なものの多くは日本でもブラジルでもちゃんと出ていない。そのあたりを中心に、ブラジル音楽の父が残した遺産を、もう一度じっくり聞きなおしてみようという気分になったのだ。今月中に解説まで全部仕上げて、発売は9月の最初の週あたりの予定。ファンの皆さんは楽しみにしていてください。

 

7月13日(水)

 久しぶりの完全休養日。先週末はマラヴォワの解説のせいで休めなかったし、この週末の連休にはもうひとつ大きな仕事をやる予定でいる。このあたりで一日くらい休まないと、また体調を崩すと思ったからだ。と言っても、昼間は雑用があって外出。ゆっくりできたのは、夜だけだったが。

 

7月12日(火)

 午前中に週末発売予定のティケン・ジャー・ファコリーの解説原稿を書き上げる。今日も朝4時に起きて頑張ったのだが、マラヴォワの原稿で体力を消耗したせいだろうか、書き終わった後はすごく疲れを感じた。

 午後はマラヴォワの校正をチェックしてから、新宿へ。ティナリウェンを含めて、トゥアレグ人たちの写真を取ってきたというアリサ・デコート豊崎さんと打ち合わせ。これにはDさんにも加わってもらい、そのまま行きつけの韓国料理屋さんに流れ込んだ。ここでタワー渋谷店の小樋山さんと新宿店の篠原さんと合流。久しぶりにゆっくり飲むことになった。
 本当は月末に発売するマラヴォワの営業話をタワーのお二人とするつもりだった。でも、飲みはじめたらそんなことはすっかり忘れてしまい、ティナリウェンの来日関係の話で盛り上がってしまう。いま何より、この公演を成功させたいという気持ちが強いということだろう。

 もうひとつ、今日の飲み会で印象的だったのが、当社から発売されたロベルタ・サーの評判がとても良いことだ。今日も彼女のことが話題になって、Dさんも小樋山さんも篠原さんも、みんな気に入っていると言っていた。北中正和さんのサイトでも誉められているらしい。世の男性たちが彼女の歌を好きになる理由はよくわかる気がする。早い話、みんな若い女の子の素直な歌声に飢えていたということだ。こういう当たり前の音楽の良さが、いまはなかなか味わえない、ということなのだろう。ちなみにロベルタは北東部出身。それもレシーフェのような大都市ではなく、ナタルという小さな地方都市で生まれている。ブラジルにおいてさえも、そんな田舎町で育たない限り、ロベルタのような素直な感性なり音楽観が育たないのかと思うと、なんだか複雑な気分だ。

 

7月11日(月)

 予定通り、朝のうちにマラヴォワの解説原稿を書き上げてから、事務所に。ここでブックレットに使う写真なども決めて、入稿を済ませた。これで7月31日には無事店頭に並ぶことになりそうだ。ひと仕事終った気分です。

 先週のロンドンのテロは、ショッキングな出来事だったが、なによりもまず確認したかったのが、友人たちの安否。ロンドンにはライスUKもあるし、取引先も多い。特に重要な取引先のひとつであるスターンズの事務所は、爆発があった場所のすぐ近くのはず。だから心配になって真っ先にメールを送ってみたのだが、先週は返事なし。ますます心配になってしまった。そしてやっとメールがきたのが今日になってからで、なんでも先週の木曜と金曜は、怖いから誰も事務所に行かなかったのだとか。まあ、全員無事だったから、良かったのだが。

 

7月10日(日)

 昨日と同様、今日も解説原稿の執筆。マラヴォワに関しては、過去の文献も多いので、まだまだ調べなおすことがたくさんある。そんなものを調べすぎたおかげで、昨日書いた原稿をかなり書き直すことになってしまった。それでも夜8時にはいちおう完成。後は明日の朝に冴えた頭でもう一度じっくり見直したら入稿だ。

 

7月9日(土)

 今日も朝からマラヴォワの解説原稿を執筆。集中して仕事をできたおかげで、とりあえず原稿用紙30枚分くらいを一気に書き上げた。まだまだ細かい訂正箇所はあるだろうが、とりあえずボディは出来上がったので、ひと安心。

 

7月8日(金)

 朝から家を一歩も出ないで、月末に発売になるマラヴォワの『ジュ・ウヴェ』の解説原稿に取り組んだ。とりあえず今日は執筆を後回しにして、これまで書いてきた原稿を読み直したり、古いLPなどを全部聞き直したり…。マラヴォワについては、これまで何度も原稿を書いてきたが、名作『ジュ・ウヴェ』を出してしまったら、もう次はないだろう。だとしたら、ぼくがマラヴォワについて書くのも、これが最後という可能性が高い。少しはまともなものを書くためにも、久しぶりに彼らのことを勉強しなおしてみようと思った次第だ。
 ぼくは、経理関係の仕事とかではすぐに疲れてしまうけど、解説原稿や選曲やプロデュースの仕事なら、休みを返上してやっても、さほど苦にならない。マラヴォワの解説は今日から3日がかりになりそうだが、こうして心から打ち込める仕事を集中してできるのは幸せだ。先月は税務調査などの雑用がたくさなって、こういう時間を取れなかった。これからはできるだけ雑用をさけて、本来の仕事に打ち込めるようにしたい。

 

7月7日(木)

 今日はリスト作成日。今週のメインは、めでたく復活することになったエルフィ・スカエシの『ダンドゥット・クィーン』(ライス LFR-512)だ。長い間当社の人気アイテムだったが、一昨年くらいから在庫を切らせて、ご迷惑をおかけしていた。それを復活させることになった。
 再発が遅れたのには理由がある。実は今回の再プレスは、ライスUKでの発売に合わせたからだ。なんとエルフィが、日本から遅れること20年、やっとイギリスでも紹介されることになったのです。
 イギリスで出すとなると、ぼくが書いた解説は英語に翻訳しないといけないし、せっかくだからマスタリングも新しいものと差し替えたい、とか、やりたいことがたくさん出てきてしまう。在庫がなくなったからそのまま再プレスなんて、安易すぎると思って、いつも余計な仕事をしてしまうのは、ぼくの悪いクセだ。そんなエルフィの新しいマスタリングは、いまちょうど作業の真っ最中。実は前回はマレイシアでのマスタリングで、ぼくは立ち会っていない。でも、今回は当社での独自マスタリングだ。きっと、すばらしい音になるだろう。前回の盤を持っている人も、買いなおしたほうがいいかもしれない。とにかく、楽しみにしていてください。
 そうそう、エルフィと同時発売でライスUKから出るのは、ぼくが1986年にプロデュースした『ヴェーリャ・グァルダ・ダ・ポルテーラ』(ライス OSR-903)。こちらの解説の翻訳作業なども一緒にやったものだから、ますます遅くなってしまった。一部のイギリス人ジャーナリストの間でぼくは<日本のニック・ゴールド>と呼ばれているらしいが、ニックがブエナ・ビスタなんかをやる10年も前からぼくはブラジルでお爺さんのサンバを録音していた。ポルテーラのアルバムが出れば、そのこともわかってもらえるだろう。

 

7月6日(水)

 朝から自宅にこもってアタウアルパ・ユパンキ『ドン・アタ』の解説を書き上げる。朝のうちに完成させようと思っていたが、終ってみたら午後3時。濱田滋郎さんが1993年に『レコード・コレクターズ』に連載されたユパンキのレコードに関する記事に引き込まれて、じっくり読んでいたら、すっかり遅くなってしまった。
 それにしても当時の『レコード・コレクターズ』、すごく気合が入っている。ユパンキでこんなに長い連載をやってくれたんだもの…。いまじゃとても考えられないことだ。

 午後遅い時間に昼食。夜までの間に、8月のリリース予定をチェック。取引先にメールを打って、新作のリリース・スケジュールを確認する。8月は夏休みシーズン。だから予定を早めに決めておかないといけないのだが、ヨーロッパの会社も同じ時期に休みを取るので、なかなかスケジュールが合わなくて困ってしまう。また8月も自社プレスのアルバムを出そうと思っているのだが、きっとプレス工場も夏休みを取るのだろう。そちらのスケジュールもチェックしないと…。8月に各社の新作リリース点数が減るのはこういう事情だからだろうが、逆にそんなときこそ、当社は稼ぎ時。なんとか良いアルバムをリリースできるようにしたいところだ。

 

7月5日(火)

 朝早く起きて、久しぶりに母親の家にLPを取りに行く。今月末に発売するマラヴォワの『ジュ・ウヴェ』の解説を書くに当たって、古いLPを持っている限り聞きなおしてみようと思ったからだ。マラヴォワに関してはライターをやっていたときにも何度も原稿を書かせていただいたし、サンビーニャがはじまってからも何本か解説原稿を書いた。でも、名作『ジュ・ウヴェ』を出してしまったら、もう彼らについて書く機会はなくなってしまう可能性が高い。幸い、『ジュ・ウヴェ』は自社プレス解説原稿のスペースはたっぷり取れる。ここはひとつ、力作原稿を書いておこうという気になったのだ。おかげで今週の週末は全部仕事になってしまいそうだけど…。

 夜は相変わらずユパンキの晩年の作品を楽しむ毎日。今週発売する『ドン・アタ 1980〜85』(ライス TMR-579)の解説を書くためでもあるのだけど、聞いているうちにそんな仕事は忘れて、音に没頭してしまう。テンポのゆったりした曲ばかりを、丁寧にいつくしむように歌い演奏するユパンキ老。これほど澄み切った音楽は世界中探してもそうは存在しない。すぐ思い出すのは、カルトーラのマルクス・ペレイラ盤くらいだ。日曜には店頭に並ぶ予定なので、目にしたらぜひ聞いてみてください。耳が洗われますよ。

 

7月4日(月)

 海外送金をしようと思ったら、お金が足りなくて大ピンチ。なんとか工面して事なきを得たが、おかげですっかりストレスがたまってしまった。ぼくはもともと借金なんて大嫌いな人間だ。でも、会社をはじめてからそれが日常的になってしまったせいで、だんだん麻痺してしまった。そしてふとそれに気がついたときに、すごくイヤな気分になる。今日がまさにそうだった。こういう日はどんな音楽を聞いてもエンジョイできない。

 

7月3日(日)

 さすがに疲れが出たのか、朝から身体がダルくて仕方がない。原稿書きの仕事を進める予定だったが、ここで無理したらまた体調を崩すと判断。今日は一日、ボケッと本を読んで過ごすことにした。夜には浦和レッズの試合をテレビで少し観戦。コンフィデ杯のレヴェルの高い試合を見てしまった後では、かなり物足りない。途中でテレビを消してしまった。

 

7月2日(土)

 午前中は税理士さんとの打ち合わせ。午後はさらに打ち合わせが2本。ティナリウェンの初来日公演まであと2ヵ月に迫り、少しずつ準備の仕事が増えてきた。

 自宅に戻ったのが、夜の9時。いつもなら食事をしながら何かを聞いて寝るところだが、今日はどうにもそんな元気が出ない。結局、近くの蕎麦屋さんで食事を済ませて、すぐに寝ることにした。さすがに疲れがたまってきたようだ。

 

7月1日(金)

 毎月1日は支払いと帳簿の整理。今日も午後から夕方にかけて、数字との格闘だ。原稿がなかなか書けないときもツラいけど、お金の計算はもっとツラい。もっと儲かっていれば、これも楽しい仕事なのだろうが…。

 いろいろありながら、今日から7月。2005年の前半が終った。この6ヶ月間、新しい取引先を増やしたりして自分なりに頑張ったつもりだが、会社は相変わらずの火の車だ。今月の自分の給料は、そのまま会社の補填に回るという状態。これじゃ社員に賞与なんて出る余裕がない。昇給もさせたいけど、できない。こんな状態で後半の半年間、はたしてやってゆけるのかどうか…。ここで社員全員、もう一度気合を入れなおさないといけない。

 

8月のサンビーニャ日記 6月のサンビーニャ日記